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--年--月--日 (--) | 編集 |
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2011年11月18日 (金) | 編集 |
ひと月ほど前突然母が今の職場を辞め引っ越すと言い出した。


もちろん俺はびっくりしたし反対もした。
不満もあるだろうけどもう50代なんだし定年まで頑張ればいいいじゃないか
孫もあと一年ちょいで小学生になるわけだからここにいればいいじゃないか
っと怒り半分心配半分で説得したがすでに母は新しい職場を見つけていた。

昔から相談なく勝手に物事を進める母に迷惑してきた
(例えば講師が気に入らないからと勝手に塾をやめさせられたり)
(例えば友人を悪人ときめつけ勝手に付き合いをやめてくれと話したり)
(例えばある日知らないおっさんがいて、そいつが再婚相手だったり)
から、いろいろ怒ったりしたわけだけど
辞表も出してしまってるしどうしようもなかった


で、今日引っ越した。
まあ、頑張ってほしい。
俺もここで頑張るよ、それなりに
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2011年11月09日 (水) | 編集 |
以前からやりたいやりたいって思うことに
車の大掃除がある
中も外も磨き倒したい

ゴミ溜めってほどでもないけど車内普通に汚いし
隅っことか埃とか食べかすっぽいもんとかがある
車とかそういう毎日使いまくるものを丁寧に扱うってことが
最近かっこいいことに思えてきたのだ


けれど、できない

車庫とかないからできれば晴れた昼間にやりたいが
なかなかその条件にあてはまらず当てはまっても他にしたいことがあって・・・
とグズグズとやらないまま過ごしている




死んだ祖父は車をきれいに扱っていた
しょっちゅう車を洗っていたし、中でお菓子とか食べると怒ったものだ
「じいちゃんって車乗る回数より洗う回数のが多いよな」ってからかったら
笑っていたことを思い出す

そんな祖父もガンになって手術して転移しててもう駄目で
っていうよくあるパターンになってしまい余命をつげられてしまった

死ぬ数日前外出許可が出て自宅へ帰った祖父は
またもや車を洗っていた
そしてもうそれに乗ることなく死んだ

もし今祖父が生きていたら俺の車をみて洗えと文句をいうだろう
そしてきっとぶつくさいいながら洗ってくれるに違いないんだ



じいちゃん、一日だけ生き返って俺の車を洗ってくれ
あれから日本も世界も俺もいろいろあったよ

2009年10月03日 (土) | 編集 |
ちょっと家族のことで頭にくることがあって
放課後何人かで集まって愚痴トーク

ひとしきり愚痴ったらスッキリして落ち着いたので
そこからは聞き役でいろいろな話をダラダラと深夜近くまで

いろんな悩みやエピソードや愚痴やゴシップを仕入れた
みんなそれぞれいろいろと抱えてる
そりゃ成人してから学校いこうと考えた連中だもんな

今はやらねばならないことが多くてしんどいけど
逆にいえばそういうのあるから目標はっきりしてていいよね
ってな感じで前向きに締めた



○○くんって、もし自分の子供とかがなんかされたら
直接その加害者に報復にいきそうだよねー
と言われた。これは褒められてるのか、けなされてるのか(@_@;)

まあ、そういう行動に出たいとは思うけどさ、たしかに



だけどみんな心にロマンスをもってるんだな
なかなかうまくいかないようだけど
そういうのがない自分から見ると幸せに見える

芯をもってない自分はいつダメになるか怯えてる
でも、芯をもっちゃうとそれにもたれかかりすぎて
芯に肉体も精神も同化されそうで怖いのだ
2009年07月15日 (水) | 編集 |
両親の離婚がきまり引っ越しの前日
父にシャーペンを買ってもらった。

それから14年、そのシャーペンを
使い続けていた。

それからいろいろあったけど
シャーペンだけは持ち続けていた。


それが今日、壊れた。
思えばこのシャーペンで
どれだけのものを書いたのだろう
何本の芯を消費したのだろう

そう考えると、なんだか切なくなった



この壊れたシャーペンは捨てずにとっておこうと思う



さてと、新しいシャーペンを買いにいくか
2009年05月31日 (日) | 編集 |
こないだ父方の祖父が死んだ。

こないだって書いたのは死んだことを父が隠していて
納骨などの後始末が一通りすべて終わったあとに連絡がきたからだ。
その時教えられた祖父が死んだ時間に俺は、特に予感らしいものも感じず
ダラダラと一日を送っていた

連絡もせずきちんとした葬式もしなかったのは
祖父が共産党員兼ヤクザでさらに超高齢だったからだ
もう知り合いもろくにいない、あの世なんて信じていない
きちんとした葬式なんてする意味などないという父の考えだ

父は結構信心深い人なので祖父の意思を尊重したのだろう

元気な姿の祖父と最後にあったときは二十歳くらいのときで
もっと勉強しろと共産党の本をいっぱい持たされて困ったものだ
安いからといって一人暮らしなのに卵を何十パックも買ったりと
奇行が多い人だった。

それでももういないんだなと思うとさびしい
これで祖父母というものは一人もいなくなってしまった。


孫としてやるべきことってのは特になかったが
父の顔をみに久々に姪っ子つれていってきた。
幼い頃住んでいた土地はいろいろと変わっていて
でもどこかあのころの姿を残していて
あの頃歩いたり自転車で走ったりした道を
こうして車で通っているのが不思議に感じた

産まれ育ったボロい団地はさらにボロくなっていて
ベランダからみえた広い田んぼときれいな山の景色は
マンションとコンビニにさえぎられていた。

父も母もいつか死ぬし
自分自身も死ぬし
そして(これから存在することになるかもしれない)自分の子孫も死ぬ
そういう当たり前のことをあらためて教えられた

当り前のことってよく忘れてしまうのだ、なぜだかしんないけどさ

どんなトンネルにも終りはあるし
どんな道にも終わりはある
そして出口はいつも看板が丁寧に教えてくれるとは限らなくて
前触れもなく突然目の前に出現することもあるのだ
2009年04月23日 (木) | 編集 |
家を建てなおしたいという夢を母に話された
正確には俺が無事専門学校を卒業でき
それなりの給料の出る職場で稼げるようになったら
ローンを組んで家を建ててくれないかという話をされた


適当に話を合わせるべきだったのかもしれない
もっといえば恩返しとしてそれをかなえるべきなのかもしれない


けど、俺はそれをしなかった
率直に自分の本音
そんなものに金を出したくない
仮に楽勝で出せたとしても出す気はない
と冷たく告げた


母はきれいで大きい家をずっと渇望していた
自分の人生にあったいくつもの苦悩
そのいくつかは俺のせいで起きている
は、綺麗で大きな家さえあればおきなかったと信じている。

母に限らず綺麗な持ち家が幸せの道だと思ってる人は多い
けれど、俺はそうは思えない

幸せはあくまでも人が作るもので
それがうまく作れない人にとって
家なんてものは幸せどころか害にすらなりうる。


人生になにがあるかわからないし
自分をあまり信頼できない
とてもとても何があってもヘッチャラといえない
そんな俺には持ち家なんて無謀だし無益だ


親不孝ものなのだ、要するに
だからせめて、いつかくるであろう介護という現実にそなえて
計画的に貯金ができるような生活ができるよう頑張りたい




人とは違うかもしれないが
俺だって俺なりに未来を考えてる。
たぶん、幸せにだってなりたい。
2009年01月29日 (木) | 編集 |
姪っ子が熱を出したので寝かしつけようとするも
泣き続けて布団に入るのを拒むので
しかたなくおんぶして子守唄歌っていた




いつの間にか静かになったので寝たかなと後ろを見ると









!!!








!!!!!



ま・・・さか、し・・・しんでる




パニくってしまい思いっきり体を揺さぶって名前呼んだ
姪っ子は泣き始めた
ただ寝てただけだった





姪っ子はもともと目を開けて寝る子だったのだ
それを忘れてパニくってしまって悪いことをしてしまった

目をつぶってないと絶対寝付けない俺には
たまにいるこういう人間の眠りの仕組みが気になってしまい眠れない



いやあしかし焦った焦った(--〆)

2008年12月14日 (日) | 編集 |



絵は姪っ子 人間描くのは難しい
アパッチっていうのはアンパンチのことらしい



俺は差別心がすごくいろんなものを差別してる
その差別心を消せるとも思わないし
消せるかもしれないけど努力して消す気もない

人間は差別する動物だと思うなんだろう
だからこそ礼儀とか倫理とかが生まれたのだ

もし人間が偏見をフルに表現していたら
この世界は本当に住みにくいものになると思う
俺なんてきっとそんな世界じゃとっくにリンチ殺人されてる

例えば鳥を政治主張のためにムゴく殺すような人間を嫌悪する
嫌悪したなら自分はそんなことはしないと誓おう
鳥を殺さないってだけの意味じゃない
つまり、弱いものを痛めつけるという形で
自分の意思や思想を表現するのはやめよう

子供に残酷な言葉を吐くのなら
残酷な大人に成長したその子供に復讐されるのを覚悟しよう

書いてみるとすごく自分勝手な考えだと思う
要は差別心を平気で表現する親を見て
死ぬほど頭にきて恥ずかしいってことだ
そう、恥ずかしいよ


反応しないDSの上画面を必死にタッチペンで叩いている姪っ子見ると
この子には産まれてきてよかったなと思ってもらいたいと思う
いつも産まれてこなけりゃよかったとか思ってる癖に
本当俺って自分勝手だね、恥ずかしい

2008年08月20日 (水) | 編集 |
ちょっと前自閉症の妻と彼女を支える夫を描いたノンフィクション本を読んだ。
常人とは違う思考回路を持つ妻との格闘を夫の目線で描いているのだけど
ひとつ気になる箇所があった。

それは夫婦が喧嘩をするエピソード
激昂した夫は妻に出て行けと怒鳴る
それを聞いた妻は荷物をまとめて出ていこうとする

夫は怒りを忘れ妻の行動に驚き必死で止める
そして出て行けという言葉をうのみにする妻を嘆くのだ

なんでこのエピソードが気になったのかというと
実は俺もこの妻と同じで出て行けという言葉は
出て行ってほしいからいうものだと思っていて
バカとかアホなどの怒りを表現する言葉だとは知らなかったのだ。

うまれてから何回出て行けといわれたかは覚えていないが
そのたびに俺は本気で出ていくことを考えどこへ行くか悩み絶望して泣いた
あの苦悩は全部ただの無駄骨だったことがわかり愕然とした



大人になって出て行けといわれることもなくなり不安は一つ消え
本を読み、出て行けが文字通りの意味でないことも理解した



のだけどきっと俺はこれから先誰かに出て行けといわれると
狼狽し悩んで真剣に出ていくことを考えるのだ、愚かにも



真に受けるのが間違いだというのはわかった
では、出て行けといわれた人間はどうするのが正しいのか
この言葉を発する人間は発せられる人間より立場が上なことが多い
つまり、結局ただ単に私の力に屈せよって奴なのか?

恋人や家族と真に対等な立場でいたいと思うことはおかしいのだろうか
愛した人間に残酷な言葉を吐くのが正常でそれを真に受けることが異常でいいのだろうか?


たとえ世界にどう思われようとも、孤独にすりつぶされようとも
対等でない関係は誰とも築きたくないし、出て行けともいわれたくない
そしてなにより出て行けと思ってもいないのに愛する人に出て行けなんて言いたくない
その考えが異常だとするなら俺は異常であることを誇りに思う
2008年02月17日 (日) | 編集 |
来月一歳になる姪っ子の誕生会を今度やるらしい。
今日妹から出席するかと聞かされる
もちろん出るよと答えたら驚いていた。

なんか俺が妹の旦那の一家を嫌ってると思ってたらしい
ぶっちゃけただ付き合いがないってだけなんだけどなw
接点ないから好きにも嫌いにもなりようがない。

ただ大家族でガヤガヤしてんなあっていうのはあるな。

家族でなんかするって記憶がほとんどないから
仲良し家族ですみたいな雰囲気はたしかに苦手だな

そういや大家族もののドキュメント番組とかみて
妹は毎回感動してたな
ウゼえ家族だなとしか思えなかったな

妹はそういうのがさみしくて結婚したって部分があるが
俺はさみしさっていうのに適応してしまってるから
一人でいることが快適すぎてやばい。

でも快適さを求めてばかりっていうのも問題あるな
苦手だけど顔に出さず無難にこなすっていうの?
そういうことを涼しい顔してできんといけんのだろうね
でなきゃ社会から抹殺されるだろうし
されなくても自分自身に抹殺される。


ウザいことを幸せに思える感性
自分のウザさを肯定し他人のウザさを受け止める優しさ
それが人間に必要なものなのかもしれない
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