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2008年02月21日 (木) | 編集 |
店員に「ありがとう」と言う人が大嫌い。おかしいのでしょうか。。。


おかしいです。


感謝したい時に後ろ向きな言葉のすみませんって言葉を
ついつい発してしまう自分はありがとうとサラっといえる人をかっこいいと思う。


個人的にはこの質問者が基地外なだけだと思いたいが
多分日本中でかなりの人数こんな人間がいるんだろうね。

よく考えるとうちの親がこんな人間だった。
レジの人にありがとうといったり、
外食時でいただきますごちそうさま言うと笑われたものだ。

両親、特に母が店員に対し、
妙に居丈高な態度をとる姿がなんだか不愉快だった。

この質問者はありがとうとかいう奴はなれなれしいと語るが
それは逆で、きちんと距離をとっているからこそありがとうというのでは

自分は店員を奴隷だと思ったことないし
自分もお客さんの奴隷だと思ってない
ただ一人の人間どうしだとしか思わない
それはおかしいのかもしれない

金ってのは大切で力のあるものだけど
別にそれを使う人間ともらう人間に上下はないと思っているから
金の力は強いから人間は誰も操れないと思うから
その力に頼りすぎないようにできたらいいと思う。

無駄に偉そうにするやつに違和感を感じる。
ありがとうということを負けましたみたいな意味にとっているのだろうか
そんなの人生つらくするだけだろうに
恋人に愛してるというと負けだと思う人間が不幸であるように・・・



心身ともに疲れた時お客さんに
ありがとう、がんばってねという一言で
どれだけ救われたものか


もし自分がこの質問者のように
ありがとうに不快感を感じる人間だったらと思うと
怖くなった。
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2008年02月19日 (火) | 編集 |
近所で27の若さで死んだ人の葬式があった。
俺はその人とは全然親しくないからいかなかったが
ああ、あんなに生きてた人も死ぬものなのかと感じた

死 の雰囲気なんてまったく感じなかった人だった

その人の葬式に掲げられた写真は
中学のときのクラス写真をひきのばしたもので
棺の中の人間とは似てるけどあきらかに違っていたそうだ。

多分、写真を撮る機会があまりなかった人なんだろうな

そういえば祖母の写真にも困った
本当に写真がないから
母の結婚式の時に撮られた写真を使ったものだ。

自分が死んだとき用の写真ってのを
用意しておくべきだと思った。

免許証の写真や履歴書の写真は勘弁してほしい
できれば作りものでない笑顔の写真

そんなものはなかった。
もし今この瞬間俺が死んだら
家族は写真をどうするか困るだろうな
一番苦しかった生徒時代の写真を使うはめになるのだろうか?
家族もきついだろうし俺も無念だ。


なんか自殺とかいうキーワードだから暗い話してるようだが
別にそういうつもりではない。

俺のように暗い人生に絶望してるやつだけでなく
社交的で友達いっぱいいる人間も
案外そういうプリクラや写メでないきちんとした写真を
撮っていないことが多いのじゃなかろうか

卒業式 成人式 結婚式
若いころにはそういう儀式で撮る機会がある
だが年とるにつれ自覚して作らないと機会は減る。

少なくとも数年に一回くらいは撮っておいたほうがいいかもしれない。
いつなにがあるのかわからないのだから

免許証も数年ごとに更新するのだから
人生の証のようなものを更新しないのは変な気がする。


確かに縁起が悪いけど、人間みんな死ぬんだし
2008年02月17日 (日) | 編集 |
来月一歳になる姪っ子の誕生会を今度やるらしい。
今日妹から出席するかと聞かされる
もちろん出るよと答えたら驚いていた。

なんか俺が妹の旦那の一家を嫌ってると思ってたらしい
ぶっちゃけただ付き合いがないってだけなんだけどなw
接点ないから好きにも嫌いにもなりようがない。

ただ大家族でガヤガヤしてんなあっていうのはあるな。

家族でなんかするって記憶がほとんどないから
仲良し家族ですみたいな雰囲気はたしかに苦手だな

そういや大家族もののドキュメント番組とかみて
妹は毎回感動してたな
ウゼえ家族だなとしか思えなかったな

妹はそういうのがさみしくて結婚したって部分があるが
俺はさみしさっていうのに適応してしまってるから
一人でいることが快適すぎてやばい。

でも快適さを求めてばかりっていうのも問題あるな
苦手だけど顔に出さず無難にこなすっていうの?
そういうことを涼しい顔してできんといけんのだろうね
でなきゃ社会から抹殺されるだろうし
されなくても自分自身に抹殺される。


ウザいことを幸せに思える感性
自分のウザさを肯定し他人のウザさを受け止める優しさ
それが人間に必要なものなのかもしれない
2008年02月09日 (土) | 編集 |
自己啓発書をよく読む。
落ち込みやすいからこの手の本読むと
栄養ドリンク飲んだ後みたいになれるから
効果なんて実はないんだってのはどっちも同じだね。

その手の本で最近「ひきよせの法則」というものを知った。
アメリカからやってきた概念らしく
簡単にいうと意思と思考は現実になるというもの。

幸運や不幸といったものはそれを望んだり考えたりしたものに
ひきよせられていくという考えで
病気になるのは病気を望んでいるから
貧しいのは出費のことを考えているからと説く

金持ちになりたかったら自分は金持ちなんだと思えばいい。
それを信じられたら幸せだろうなとは思う。
残念ながら自分はどうしても
たとえばレイプされて殺された女性が
それを望んでいたからだとは思えないし
金金いってるやつが金持ちになれるとも思えない。

しょせん栄養ドリンクなんだから
落ち込んだ時に元気をくれればいい
非科学的だとか言い出したら全部がオカルトだ。
だからひきよせの法則を論理的に批判するつもりはない。


だが、この本則には怖い部分がある。
「ひきよせ」の人たちの世界には自分しかいないからだ。
自分の意思だけで世界が決まると思っている。
俺のようなネガティブな人間は彼らにとっては存在しないもの
ノイズでしかありえない。

この思考法を信じられたら前向きに生きれるだろう。
落ち込んだときは特にそう思う。
だがその前向きさはちょっとなんかあったら一転、
強烈な虚無感と自己否定に陥る気がする

だって不幸はすべて自分が原因なのだから
不幸を望んでないつもりなのに実は望んでいる自分を許せなくなる。
ただでさえいやなことがあるとダメージ大きいのに
さらに責めをうけるのだ。しかも自分に。逃げ場はない。

こんな宇宙にしてしまった自分は壊れてしまえ
そういう発想にたやすく変化してしまう気がする。


今朝アメリカで銃乱射事件があったというニュースをみた。
この手の事件のたびにメディアや警察は
犯人が残虐な本やゲームや映画を所持してないか探すが
本当はどんな啓発書を読んでいたのかを調べるべきだと思う。


世界には神とあなたしか存在しないのだ。
そういう考えの人間がたくさんまわりにいたら、正直怖い。

2008年02月07日 (木) | 編集 |
自分が雑巾なんじゃないかと感じる

生まれた時はきれいなタオルで
自分自身の愚かな行動の結果、雑巾になったのか?
最初から雑巾だったのかはわからないけど
今の自分は雑巾だ。

雑巾だって大切だよ
というより雑巾がないと大変だ
というのはよくわかる
だけど雑巾でいるのはすごくつらい

雑巾的人生を変えようと意識の変化させても
一度雑巾になったものはタオルには戻れない気がする
いくら水で体を洗い汚れをとっても
一度雑巾になった布をタオルとして使用することがあるのだろうか

同じように、二三回しかつかってない雑巾だからタオルに戻そうなんてこともない

頑張っても今よりよくことなんかなく
ただ今よりもっともっと汚れて疲労して
ボロボロになったら捨てられるだけな気がする

雑巾でいるのは嫌だと思うことすら悪いことだと感じるようになり
ついにはタオルが雑巾になるのを見ることだけが唯一の楽しみとなり
身も心も汚い雑巾となるしかないのだ。
2008年02月06日 (水) | 編集 |
タバコを自販機で買う時にタスポという本人の認証カードが必要になる。
なんでも未成年がタバコを買うことを防止するためらしい。

いまさらだが未成年がどうしてタバコ吸ってはいけないのかが正直理解できない
深夜にDQN風の未成年がよくタバコを売ってくれとやってくる
決まりだから断っているがどうしていけないのかがわからない

嫌煙家はもちろん愛煙家も未成年の喫煙には反対なようだ。


タバコを吸うとストレスが解消されるらしい
10代ってのは一番ストレスが溜まってる世代だと思う
タバコでいじめなどのストレスを緩和させたり
受験のプレッシャーと戦うこともできるじゃないか

体に悪いだろうけど
ぶっちゃけ受動喫煙で吸わなくても健康被害は受けている
車を乗ってる人も乗らない人も等しく有害な排気ガスを吸っているのと同じだ。


だいたい体に悪いからガキは禁止ってなら
お菓子やジャンクフードも未成年禁止にすべきだ


もうライターを操作できる年(5歳くらい?)になったらOKでいいじゃん



個人的にタバコのにおいが大嫌いだから
俺のまわりではなるべく控えてほしいけどねw
2008年02月02日 (土) | 編集 |
ブログの整理をした
このブログをはじめて2年ちょいだが
随分いろいろあったものだ。

過去の記事を読み返したり消したり誤字修正してると
いろんなことが思い出された

ほとんどが悲しかったことや苦しかったこと
死にたかったこととかだったけど

嬉しいことに感謝する気持ちもあった。



俺はどうしようもない人間だけど
孤独を感じて絶望するけれど
でも、芯から孤独じゃないんだ。


もしあなたがいなかったら
今、俺は存在していないと思う。
ありがとう

そしていつか感謝を
それが俺の本心であり希望でもある。
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