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2008年03月23日 (日) | 編集 |
大分前から○○の品格って本がいろいろ出てて売れてるけど
もし自分が出すとしたら差別の品格っていう本を出してみたい

内容はタイトル通り品のある差別
もっというと正々堂々とした差別を説く本だ

自分にはいろいろな差別や偏見の心がある。
例えば朝鮮民族に対して差別心を持っているし
喫煙者に対して差別心をもっている
自分をボクという男にも差別心があるかもしれない

数えきれないほどの差別偏見の心があり
とてもすべての人や物を平等に扱えそうにない
あと三万回くらいうまれかわらないと無理くさい

だから差別はやめようというスローガンに意味を感じない
それは現実的とはいえないと思う
(さらに俺は差別をやめようという人にも差別心を持っている)

薄汚い差別や偏見の心をもったまま
この人生をいかに楽しく有意義に
他人を傷つけず、また傷つけられず生きれるか
それを考えた方が賢明だと思う。


では具体的にどんな方法があるのかを考えてみる。

1・自分の差別心を自覚する
なるべく具体的に自分がどういったものに差別心をもつかを把握する

2・原因を追及しない
考えるとついついどうしてそのような差別をするようになったかと
考えてしまうがそれはよくない。
たいていは自分の弱みや過去の悲しみ失敗談などの
ネガティブなものからうまれているので
自己嫌悪におちいったり
差別心を超えた憎しみを差別対象にもってしまう

3・解決しようとしない
差別心を消そうとしてはいけない
しょせん人間は人間、神にも仏にも簡単にはなれない
自己崩壊を起こしたり差別対象に危害を加えるおそれがある

4・攻撃するときは正面から
差別心をどうしても発露したくなるときがある
そういうときはしかたがない、発露させよう
しかし、反撃は覚悟しよう
むしろ反撃されやすいように攻撃しよう
大丈夫、この勝負は先制攻撃側が有利なので
カウンターでダウンしても死ぬことはあまりない
反面、攻撃を受ける被差別者側が
不意打ちで即死することはわりとよくある

5.群れない
所詮は負の感情のものにすぎないので
どんな大義名分をもとうが組織になると一気に悪質になる
差別組織を腐敗させずにいられる確率は
掃除婦なしで繁華街の公衆便所の清潔さを維持する確率と変わらない

6・他の差別者を過剰に攻撃しない
正義の味方でいることは気持ちがいいので
ついつい自分が差別していないものを差別している者をみると
正論という暴力で攻撃したくなる。
もちろん致命的な攻撃を受けている被差別者を救助するのは大切だが
正義をかざし差別主義者を攻撃すると
いつのまにか自らがあらたな差別の創造者になってしまう





と、こんなところか
まったく整理せずに書きなぐったから
我ながら支離滅裂な内容だが

要は精神っていうのは肉体と本質的にはあまり変わらないものだ
という考えがおれのベースにあって
精神を肉体と同じように扱おう
または肉体を精神と同じように扱おうっていいたいのかな?

肉体を痛めすぎると破壊されるように
精神も痛めすぎると破壊される

一目でわかる肉体の損傷もあれば
一見無事なように見える損傷もある

肉体を使用し鍛えないと劣化し
精神も使用し鍛えないと劣化する



まあなにごともほどほどにってことだな
陳腐といえば陳腐だけど今の新書にはちょうどいいんじゃない?

あ、新書にも手抜きの本っていう偏見があるな

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2008年03月18日 (火) | 編集 |
あなたは頑張っていますか?と問われて即答できる人はどれくらいいるだろう。

その時の精神状態によって必死に頑張っていると思ったり全く頑張れてないと思ったり
たいていの人はそんなものな気がする。

一日中気合いいれることも一日中気を抜くこともできない
バランスよくやっていかなくては壊れる
そういう意味では車と同じだな
酷使すると壊れるし放置してても壊れる


問題は車には壊れるまでの正確な指標があるが
人間にはそれがないっていうこと
自分の限界センサーは狂っている
だから照準をあわせなくてはいけない、自分で

ただそれだけのこと


照準あわせをすることに罪悪感をもつことは馬鹿げてるし
劣等感やルサンチマンを持つのもばかげている
ズボンのすそあわせは善でも悪でもない
サイズがあった服を着ていたいってのは生意気でもわがままでも甘えでもない
2008年03月17日 (月) | 編集 |
チベットの虐殺行為はなにも昨日今日はじまったわけではなく
半世紀くらいずっと続けられている。

たまたまオリンピック直前で注目されているが
チベットという民族は少しずつ確実に抹殺されている。

ところで現在亡命しているチベットのダライ・ラマ
彼は本当に政治的指導者にふさわしいのだろうか?
宗教国だから宗教の指導者が政治の主導者を兼ねるのは当然だけど
俺にはダライ・ラマにチベット国民の命を守ろうという気概を感じられない

別にしんでも来世とかあるしいいんじゃね
そういう部分がどこかにあるんじゃないだろうか


政治家は国民の命を第一にすべきという考えだから
毒物を食わせ異民族を虐殺する中国と同じくらい
ダライ・ラマの態度には疑問をもつ

彼の平和的態度とやらが
ここまでチベット問題を陰惨にした原因の一つに感じる
なんというか必死さを感じないのだ



チベットだけでなく日本の政治家にもいえることだな、これは
極端ないいかただが自国が滅ぼされるなら
その前に滅ぼそうとする国を滅ぼしてやる
そういう気持ちが政治的指導者には必要なんじゃないだろうか?

ある意味北朝鮮の金正日よりダライ・ラマは
政治的指導者として不適格に思える


2008年03月15日 (土) | 編集 |
男が何の前触れもなくやってきた
そいつの正体はわからない
ただ、とてつもない能力をもった存在ってことだけは
直観的に理解した

そいつはニタニタ笑いながら俺にこういった
お前に未来をみせてやると

お前は今のような生活をしていると10年後こうなる。
聞いた瞬間まわりがすごいスピードで回転する
気がつけば部屋ではなく屋外にいた。

駅前のようだ
35歳になった俺が駅の地下道で座っていた
どうみても薄汚いホームレス

うつろな目をした10年後の俺は
努力してればよかったと後悔していた
こうなるまでにもっと好き勝手やってればと残念がっていた

未来の自分に恐怖し叫ぶ俺
それをみたそいつは嬉しそうに笑う


いつのまにか自分の部屋に戻っていた


俺はそいつにいった
自分でもわかったいるんだ
今のままだとああなるってことは
あんたに教えられなくてもさ と



そいつはいった
では、お前が今日今から変わって
ひたむきに努力した場合の未来を教えてやろう



そういうと再びまわりの風景が乱れた。


その先にいたのはやっぱりホームレスになっている自分だった
もっと頑張ればよかったのかと苦悩していた
なんのために頑張ったんだと嘆いていた


俺は叫んだ
目の前にいる10年後の俺も叫んでいた
そいつは薄ら笑いを浮かべていた




ただの夢だと思いたかった。
2008年03月11日 (火) | 編集 |
25歳になった。
人生の三分の一が終わったんだと考えると
もうなのかという気持ちとやっとなのかという
矛盾した気持ちに覆われる。

長いトンネルは抜けたし天気もよくなった
だけどこれからどうすればいいのか
トンネル内にいたときはまっすぐ歩いてればよかったし
雨のときは身をかがめてればよかった

自分の人生を自分で考える
望んでいたことだけど、ものすごく怖い

変ないいかただけど自分がそう不幸ではない
最近精神安定してるし快適だ
人生いやなことばかりではないんだ
と思い始めたら逆に
さみしさとか世間のプレッシャーとかが襲ってくる。

この重圧に三分の二も耐えなきゃいけないのか
そう考えると正直うんざりする。
2008年03月01日 (土) | 編集 |
沖縄で米兵にレイプされたっていう少女が被害届け取り下げた
不謹慎だけどおもしろくなってきたwww
抗議集会とかどうなるんだろうwww

しかし捕まった米兵否認してたのに
なんでTVもネットもレイプしたこと前提だったんだろう?

米からの圧力で取り下げさせられたんだっていう意見も多いけど
ちょっとそれは無理がないかな、ありえるっちゃありえるけど
取り下げるなよっていう圧力だってあるじゃん

レイプは殺人とかと違って被害者が親告しないと罪に問えない仕組み
冤罪を防ぐための仕組みなんだけどセカンドレイプ誘発したり
逆に親告したんだから本当に違いないという予断を生んでるのかも

男も女も一発やったらやる前とは別人格になる
ということを法も考慮すべきだと思う。
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