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2009年05月31日 (日) | 編集 |
こないだ父方の祖父が死んだ。

こないだって書いたのは死んだことを父が隠していて
納骨などの後始末が一通りすべて終わったあとに連絡がきたからだ。
その時教えられた祖父が死んだ時間に俺は、特に予感らしいものも感じず
ダラダラと一日を送っていた

連絡もせずきちんとした葬式もしなかったのは
祖父が共産党員兼ヤクザでさらに超高齢だったからだ
もう知り合いもろくにいない、あの世なんて信じていない
きちんとした葬式なんてする意味などないという父の考えだ

父は結構信心深い人なので祖父の意思を尊重したのだろう

元気な姿の祖父と最後にあったときは二十歳くらいのときで
もっと勉強しろと共産党の本をいっぱい持たされて困ったものだ
安いからといって一人暮らしなのに卵を何十パックも買ったりと
奇行が多い人だった。

それでももういないんだなと思うとさびしい
これで祖父母というものは一人もいなくなってしまった。


孫としてやるべきことってのは特になかったが
父の顔をみに久々に姪っ子つれていってきた。
幼い頃住んでいた土地はいろいろと変わっていて
でもどこかあのころの姿を残していて
あの頃歩いたり自転車で走ったりした道を
こうして車で通っているのが不思議に感じた

産まれ育ったボロい団地はさらにボロくなっていて
ベランダからみえた広い田んぼときれいな山の景色は
マンションとコンビニにさえぎられていた。

父も母もいつか死ぬし
自分自身も死ぬし
そして(これから存在することになるかもしれない)自分の子孫も死ぬ
そういう当たり前のことをあらためて教えられた

当り前のことってよく忘れてしまうのだ、なぜだかしんないけどさ

どんなトンネルにも終りはあるし
どんな道にも終わりはある
そして出口はいつも看板が丁寧に教えてくれるとは限らなくて
前触れもなく突然目の前に出現することもあるのだ
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2009年05月29日 (金) | 編集 |
隣の席の女の子は
挨拶しても無視するビッチだ。

正直無視とかされるとイラっとするが
18の高校卒業したばかりの子が
26のおっさんに声かけられたら
警戒するのも当然かな?って思って
寛大な気持ちでいることにした

18の男は逆にやたらよってくるけど
俺の精神年齢が低いせいか?


新しい科目の講師
遅刻したくせにやたら居丈高でイラっとしたが
話が面白いので気に入った



働いてて一番困ることが
患者さんに兄ちゃんには世話になってるから
と金銭を渡されることだ
もちろんそんなの禁止だし
個人的にそういうのを受け取るようなことは嫌いだから
一度も懐にいれたことはないが
断ったときすごく悲しそうな顔をされると
強烈な罪悪感に襲われる


働いてる病院は70、80、90の
本格的なお年寄りばかりだから
嫌なことを言われたりされても
この人たちは戦争を経験してきて
今はこんなだけどものすごい苦労をされてきているんだ
っていう自分の中のネトウヨ的な発想のおかげで
割となんとも思わず対処できている

でももしこれから若い患者さんに接することになって
なんかされたり言われたりしたとき
同じようにスマートに対処できるかかなり不安だ

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