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2006年09月03日 (日) | 編集 |
最近一番驚いた事件は高校生が友人に30万円で母殺しを依頼した事件だ。

もしこの少年のようなアマチュアではなく本物のまったく足を残さない殺し屋がいて、一人30万で殺してくれるとする。

俺は誰の殺しを依頼するだろうか?


結構長い時間考えたが、誰の顔も名前も浮かばなかった。



俺は聖人ではない。毎日のようにだれかにたいしむかついたり、死ねと思うような人間だ。それなのにたかが30万すらだせない。


人を殺してはいけないと声を高めていうのは
人間が生きていくと必然的に強い殺意ってものがうまれるからだ
だが、みんながそれを実行すると社会は破綻する
だからいろんな手を使い殺意を暴走させないようにする

車のアクセルと同じだ。運転するにはアクセルを踏まなきゃいけない
しかし、踏みすぎるとスピードが出すぎてしまう
だから運転手はちょうどいいスピードが出る踏み方を覚える

殺意というのは人生のアクセルなのだ
踏みすぎると破綻する
しかし、踏まないと始まらない


殺したい人がいないってのは
ちゃんとした人生を送ってないってことだ
歪んでるってのはわかるが
この考えに今もかわりはない
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コメント
この記事へのコメント
殺したいってだけでは
30万なんて普通誰も出しませにょ

「んよ」って打つ時いつもミスってにょになるにょ。
2006/09/04(月) 20:58:39 | URL | ギンケシ #-[ 編集]
やっぱそうかな( ^ω^)
そうだったらいいな
2006/09/08(金) 06:49:13 | URL | ユーキ #-[ 編集]
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