現在リニューアル中。
  • 05«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »07
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008年03月23日 (日) | 編集 |
大分前から○○の品格って本がいろいろ出てて売れてるけど
もし自分が出すとしたら差別の品格っていう本を出してみたい

内容はタイトル通り品のある差別
もっというと正々堂々とした差別を説く本だ

自分にはいろいろな差別や偏見の心がある。
例えば朝鮮民族に対して差別心を持っているし
喫煙者に対して差別心をもっている
自分をボクという男にも差別心があるかもしれない

数えきれないほどの差別偏見の心があり
とてもすべての人や物を平等に扱えそうにない
あと三万回くらいうまれかわらないと無理くさい

だから差別はやめようというスローガンに意味を感じない
それは現実的とはいえないと思う
(さらに俺は差別をやめようという人にも差別心を持っている)

薄汚い差別や偏見の心をもったまま
この人生をいかに楽しく有意義に
他人を傷つけず、また傷つけられず生きれるか
それを考えた方が賢明だと思う。


では具体的にどんな方法があるのかを考えてみる。

1・自分の差別心を自覚する
なるべく具体的に自分がどういったものに差別心をもつかを把握する

2・原因を追及しない
考えるとついついどうしてそのような差別をするようになったかと
考えてしまうがそれはよくない。
たいていは自分の弱みや過去の悲しみ失敗談などの
ネガティブなものからうまれているので
自己嫌悪におちいったり
差別心を超えた憎しみを差別対象にもってしまう

3・解決しようとしない
差別心を消そうとしてはいけない
しょせん人間は人間、神にも仏にも簡単にはなれない
自己崩壊を起こしたり差別対象に危害を加えるおそれがある

4・攻撃するときは正面から
差別心をどうしても発露したくなるときがある
そういうときはしかたがない、発露させよう
しかし、反撃は覚悟しよう
むしろ反撃されやすいように攻撃しよう
大丈夫、この勝負は先制攻撃側が有利なので
カウンターでダウンしても死ぬことはあまりない
反面、攻撃を受ける被差別者側が
不意打ちで即死することはわりとよくある

5.群れない
所詮は負の感情のものにすぎないので
どんな大義名分をもとうが組織になると一気に悪質になる
差別組織を腐敗させずにいられる確率は
掃除婦なしで繁華街の公衆便所の清潔さを維持する確率と変わらない

6・他の差別者を過剰に攻撃しない
正義の味方でいることは気持ちがいいので
ついつい自分が差別していないものを差別している者をみると
正論という暴力で攻撃したくなる。
もちろん致命的な攻撃を受けている被差別者を救助するのは大切だが
正義をかざし差別主義者を攻撃すると
いつのまにか自らがあらたな差別の創造者になってしまう





と、こんなところか
まったく整理せずに書きなぐったから
我ながら支離滅裂な内容だが

要は精神っていうのは肉体と本質的にはあまり変わらないものだ
という考えがおれのベースにあって
精神を肉体と同じように扱おう
または肉体を精神と同じように扱おうっていいたいのかな?

肉体を痛めすぎると破壊されるように
精神も痛めすぎると破壊される

一目でわかる肉体の損傷もあれば
一見無事なように見える損傷もある

肉体を使用し鍛えないと劣化し
精神も使用し鍛えないと劣化する



まあなにごともほどほどにってことだな
陳腐といえば陳腐だけど今の新書にはちょうどいいんじゃない?

あ、新書にも手抜きの本っていう偏見があるな
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。