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2008年08月20日 (水) | 編集 |
ちょっと前自閉症の妻と彼女を支える夫を描いたノンフィクション本を読んだ。
常人とは違う思考回路を持つ妻との格闘を夫の目線で描いているのだけど
ひとつ気になる箇所があった。

それは夫婦が喧嘩をするエピソード
激昂した夫は妻に出て行けと怒鳴る
それを聞いた妻は荷物をまとめて出ていこうとする

夫は怒りを忘れ妻の行動に驚き必死で止める
そして出て行けという言葉をうのみにする妻を嘆くのだ

なんでこのエピソードが気になったのかというと
実は俺もこの妻と同じで出て行けという言葉は
出て行ってほしいからいうものだと思っていて
バカとかアホなどの怒りを表現する言葉だとは知らなかったのだ。

うまれてから何回出て行けといわれたかは覚えていないが
そのたびに俺は本気で出ていくことを考えどこへ行くか悩み絶望して泣いた
あの苦悩は全部ただの無駄骨だったことがわかり愕然とした



大人になって出て行けといわれることもなくなり不安は一つ消え
本を読み、出て行けが文字通りの意味でないことも理解した



のだけどきっと俺はこれから先誰かに出て行けといわれると
狼狽し悩んで真剣に出ていくことを考えるのだ、愚かにも



真に受けるのが間違いだというのはわかった
では、出て行けといわれた人間はどうするのが正しいのか
この言葉を発する人間は発せられる人間より立場が上なことが多い
つまり、結局ただ単に私の力に屈せよって奴なのか?

恋人や家族と真に対等な立場でいたいと思うことはおかしいのだろうか
愛した人間に残酷な言葉を吐くのが正常でそれを真に受けることが異常でいいのだろうか?


たとえ世界にどう思われようとも、孤独にすりつぶされようとも
対等でない関係は誰とも築きたくないし、出て行けともいわれたくない
そしてなにより出て行けと思ってもいないのに愛する人に出て行けなんて言いたくない
その考えが異常だとするなら俺は異常であることを誇りに思う
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