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2008年12月10日 (水) | 編集 |
俺は大丈夫です
大丈夫の定義がよくわからないけれど
今日は生きてます、多分明日も大丈夫


例の幼女殺人事件の容疑者が知的障害者だったことで
人権団体などが差別を助長しないでくれと訴えていた
ちょうど人権週間なるイベントが重なったためだろうが
タイミングが悪いぞと言わざるをえない

確かに障害者は全員隔離しろってのはどうかと思う
実際犯罪率でいえば健常者のがずっと高いわけだし

そもそもこの容疑者が障害者だったから
幼女を殺したなんて思っているやつどのくらいいるのだろうか?
自分は仮にこの男が障害がなかろうが逆に天才的頭脳をもっていようが
こういう凶行におよんだだろうと考える

ただ、この容疑者の場合事件前から
女性をつけまわすなどの奇行があって
その時点で特別扱いせずに誰かが喝を入れてれば
こんな事件に発展しなかったかもしれないとは思う

嫌ないいかたをすると過剰な障害者保護が
この容疑者を増長させたともいえる
人権団体がいうのとは意味が違うが
差別がこの犯罪を産んだともいえる

ひとくちに知的障害といってもいろいろあるだろうし
あまり軽率なことはいえないけれど
少なくともこの容疑者は証拠を隠そうとしたり
嘘をつけるだけの能力はあるのだから
間違っても責任能力なしなんて結末にはしてもらいたくない


差別反対の叫びが差別の解消に役立たないどころか
差別者を喜ばせる結果になることもあると理解してほしい
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